ここ1年ほど、塾内で意識していることがあります。
それは「穏やかさ」です。
雑談できる関係性を築くと教室内の雰囲気が柔らかくなり、学習意欲も高まるのを感じています。
どうやら、それは「心理的安全性」によるものだとわかってきました。
心理的安全性とは何か
心理的安全性とは、ハーバード大学の組織行動学者であるエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念です。
主に企業の成長戦略として使われるビジネス用語で「チームのメンバーが、リスクを冒し、自分の考えや懸念を表明し、疑問を口にし、間違いを認めてもよく、そのいずれをもネガティブな結果を恐れずにできると信じていること」と定義されています。
もう少し簡単に表すと「チーム内で他のメンバーに発言が否定されたり、罰を受けたりしないという信頼感」「その場において、自分以外の誰かに、自分の気持ちや考えを安心して話せる状態」のことです。
エドモンドソン教授は「率直であることが許されるという感覚」とも述べています。
心理的安全性が脅かされるリスク
チームとは企業の部署に限らず家庭や学級など、あらゆる組織や集団に当てはめることができます。例えば、先述した文にある「チーム」を「塾」に置き換えてみましょう。
「塾内で講師に発言が否定されたり、罰を受けたりしないという信頼感」「塾において、塾長に、自分の気持ちや考えを安心して話せる状態」となります。
講師に発言が否定されたり、罰を受けたりする塾。
塾長に、自分の気持ちや考えを安心して話せない状態。
「いや、その考えは全然ダメだね」
「言い訳ばかりするんじゃないよ」
「宿題を忘れてきたから授業ではなく別室で自習してください」
「何回言ったらわかるの?」
「同じ間違いばかりしているな」
「疲れとか悩みとか関係ない。勉強しなさい」
「何も考えず、私の指示通りにやっていればいいんだよ」
そのような言葉を言われ続けた子どもはどうなるでしょうか?
失敗を恐れたり人の目を気にしたり、自信を持てなくなったり。
何を言ってもわかってもらえないという気持ちになったり、自分から何かを言うことを諦めてしまったり。
これでは真っすぐに学業に向き合うことなんてできません。学ぶ喜びや正解を導き出すおもしろさを感じる以前の問題です。
自由に発言できる安全な関係が築かれている、つまり心理的安全性が確保されているからこそ、学習と成長が促されるのです。
心理的安全性には4つの因子がある
心理的安全性を構成する4つの因子について、塾を例にして挙げていきます。
① 話しやすさ
自分の考えを言える、何でも聞いてもらえる関係性。
教材の進め方や学習方法について意見があれば、それを伝えることができるか?
知らないことや、わからないことがある時、それを質問できるか?
② 助け合い
困った時に助けてもらえる、助けてと言える関係性。
教室内でトラブルが起きた時に人を責めるのではなく、前向きに解決策を考える雰囲気があるか?
塾長や講師はいつでも相談にのってくれるか?
できないことではなく、できていることに目を向けているか?
必要な事実を共有・相談し、支援や協力を求めることができるか?
③ 挑戦
挑戦を見守ってもらえる、挑戦を認めてもらえる関係性。
チャレンジ・挑戦することが損ではなく、得なことだと思えるか?
学習成果が上がりそうなアイデアを思いついたら、やってみようと思えるか?
やってみたことを振り返り、改善に向けた行動を検討する時間や環境があるか?
④ 新奇歓迎
人と異なることや新しい考えを受け入れてもらえる関係性。
強みや個性を発揮することが喜ばれていると感じるか?
常識に囚われず、多様な視点や考え方を歓迎されるか?
これら4つの因子が揃っていると、心理的安全性が保たれているということです。
心理的安全性を高める5つの方法
チームの心理的安全性を作るには対人関係のリスクを減らして積極的な行動を促すことが大切になります。なぜなら、心理的安全性の構築はチームメンバーの日々の発言や行動の積み重ねによるところが大きいからです。
対人関係のリスクとしては、無知だと思われる、無能だと思われる、などが考えられます。
以下に示す心理的安全性を高める方法はどの組織においても共通しているので「塾」「家庭」「親子」をイメージしながら読み進めてください。
①話を丁寧に聴く
相手の話を最後まで聴いて理解を示しましょう。
話を途中で遮られると「自分の意見に価値が無い」と思ってしまう人もいます。
必ずしも相手の意見に同調する必要はなく、自分の意見と異なる場合は話を最後まで聴いて理解を示してから、
自分の意見を伝えるように心がけてください。
「伝える」よりも「聴く」ことが優先です。
②謙虚な姿勢を見せる
「自分が間違えていた」「教えてほしい」と素直に言うことに抵抗を感じる人もいると思います。
しかし、塾長や講師、保護者などが謙虚な姿勢を示すことで子どもは対人関係のリスクを感じなくなります。
謙虚な姿勢は、相手を1人の人間として認めていることを伝えるメッセージにもなります。
例えば、子どもにアイデアや子どもならではの視点での意見を求めてみてください。
そうすると、チームに必要な存在だと認められているように受け取るでしょう。
年齢や立場に囚われない謙虚なコミュニケーションは、子どもの積極的な言動を促す効果が期待されます。
③ミスを非難せず学習の機会にする
子どものミスといえば、物を壊すことや遅刻、忘れ物、手が当たって泣かせるなどがありますよね。
ここでは、ドリルやテストの問題で不正解になることもミスに含んでおきます。
何かしらミスをした際、一番つらいのはミスをした本人です。
マズいことになったと心を痛め、ミスを取り返さなくては、と思っているかもしれません。
その状況で叱責や怒りの言葉、嫌みを言われたら失敗を恐れるようになり、チャレンジする気持ちが失われます。
ねぎらい、ミスを取り返すための協力をすることが塾長・講師・保護者としての大事な役割です。
ミスを学習の機会にして、再発を防ぐ対策を講じることが心理的安全性を高めることになります。
④感謝の言葉を贈る
子どもがチームのためになる行動をしたら、やって当たり前と考えず、ぜひ感謝の言葉を贈ってください。
人は感謝の言葉を受け取ると自分が認められていると感じると共に、より積極的になります。
感謝の言葉は具体的であればあるほど、より喜びや安心が感じられると思います。
「ゴミを拾ってくれてありがとう。掃除が楽だから助かるよ」
「部活で疲れているのに塾に来てくれてありがとう。他の子も刺激を受けて勉強時間が増えたんだ」
「弟・妹におもちゃを貸してくれてありがとう。あなたのマネして弟・妹も優しくなったみたい」
感謝の言葉を贈るようになると、相手の良い行いを見つけようとする意識が働きます。
それを意識し続けることで、子どもの良いところに気づく感性が磨かれます。
その感性に触れることで、子どもは安心して過ごすことができるのです。
⑤成長の可能性を信じる
「『努力して学習や経験を積むことで能力は大きく伸ばすことができる、と信じること』が大きな成長の要因になる」という研究結果があります(スタンフォード大学教授キャロル・S・ドゥエック博士)。
子どもの成長を信じて促すことは、こどもの「成長しよう」という意欲を養うことにつながります。
積極的にチャレンジするようになるのです。
まとめ
ノートの手元を隠す子は、間違いや失敗をあざ笑われたり叱られたりした経験があるのかもしれません。
おどおどした子は、発言を否定されたり発言の機会が少なかったりしたのかもしれません。
・こちらから雑談を振り、たわいない会話を交わす
・結果だけではなく経過での頑張りや変化を認める
・全部はできていなくても、できたところを認める
・「何回間違えてもいい」「忘れてもOK」と言葉で伝え、改善策を一緒に考える
・来たときに「よく来たね」、帰り際に「ありがとう」と声をかける
・「これを続ければできるようになるから大丈夫」と伝える
これらを心がけるだけで、子どもの方から「今日学校で~~~」とか「ゲームでレベルアップした」とか「今度ライブに行くことになった」とか話してくれるようになりました。
そして、以前は少なかった学習面での質問も増えています。
リラックスして穏やかに過ごすことで主体的に学ぶようになり、それに伴って成績が伸びた子もいます。
ポイントは、意識や心掛けではなく「行動」です。行動とは「話す」「聴く」「相槌を打つ」「目を見る」「雑談する」など。
行動を先に変えると、後から意識が付いてきます。ご家庭でも、まずは子どもの話を真剣に聴くことから始めてみてください。これだけで安心感が得られ、本当に困ったときに打ち明けたり相談したりできる関係を築くことができますよ。
そのベースがあることで自立した社会人になることができるのです。